中南米のスピリチュアルな聖地、アティトラン湖での濃厚すぎるデトックス(カカオにレイブパーティーにテマスカル!)を終えた僕。魂がすっかりピカピカ(あるいはドロドロ)になったところで、次なる目的地へと向かうことにした。向かったのは、グアテマラ北部のジャングル地帯に眠る、マヤ文明最大級の超巨大神殿遺跡「ティカル(Tikal)」だ。
旅の途中で出会った仲間たちと、軽い気持ちで「インディ・ジョーンズ」を気取って足を踏み入れたものの、そこで待っていたのは、観光地という言葉を完全に舐めていた僕への、大自然からの容赦ない洗礼だった。
宿で出会った最高にクレイジーな仲間たちと、いざ「ティカル」へ
今回の旅の道連れは、拠点の街フローレスの安宿のドミトリー(大部屋)で意気投合した、最高にタフで陽気な旅人たちだ。
一人目は、筋肉モリモリでいつもプロテインのシェイカーを持ち歩いているアメリカ人のジャック。二人目は、カメラを首から下げて「最高の写真を撮るまで帰らん」と息巻く、バックパッカー歴5年のベテラン、フランス人美女のソフィー。
「おい、アミーゴ(友達)。ティカル遺跡はそこらの遺跡とはスケールが違うぜ。ジャングルのど真ん中に、数千年前の超高層ビル(神殿)が至る所にあるんだ。死ぬまでに一度は見とかなきゃな!」
ジャックがビール片手に熱弁する。カカオセレモニーで大地のエネルギーを感じ、テマスカル(サウナの儀式)で一度「死んで生まれ変わった」ばかりの僕だ。アドレナリンはまだ切れていない。むしろもっと欲しがっている。
「最高じゃん、行こう。マヤの古代の謎ってやつを、この目で拝みに行こうじゃないか」
翌朝のまだ暗い時間、僕らはボロボロのミニバンに乗り込み、野生のジャガーが潜むという密林地帯へと出発した。
圧倒的スケール。ジャングルから突き出る「ロマンの塊」
遺跡の敷地に一歩足を踏み入れた瞬間、そこがただの「観光用に整備された公園」ではないことが一発で分かった。視界を埋め尽くすのは、見上げるほどの巨木、絡み合うツタ、そしてどこか不気味な鳥たちの鳴き声。完全にガチの熱帯雨林だ。
敷地があまりにも広大(なんと数十平方キロメートル!)なため、遺跡から遺跡へ移動するだけでも、緑に囲まれた未舗装のトレイルを何十分も歩く必要がある。
しばらく歩くと、突如として木々の隙間から、強烈な存在感を放つ巨大な建造物が現れた。
「ウワオ……何だこれ、本当に人間が作ったのかよ……」
それが、ティカルを代表するジャガーの神殿だった。高さ約47メートル。垂直に近い角度で天へと伸びる階段と、長い年月を経て黒ずんだ石。周囲の生い茂るジャングルとのコントラストが、言葉を失うほどに美しい。

僕らは声を掛け合いながら、登ることが許可されている神殿の頂上へと足を進めた。急な木製の階段を、汗をかきかき登りきると、目の前には「地球の裏側に本当に来てしまったんだ」と実感せざるを得ない絶景が広がっていた。
見渡す限りの緑の絨毯。地平線まで続くジャングルの海から、いくつかのマヤの神殿の頭だけがポコポコと突き出ているのだ。映画『スター・ウォーズ』のロケ地にもなったというその光景は、旅人の冒険心をこれ以上ないほどに激しく駆り立てた。

神殿の頂上で、心地いい風に吹かれながらマヤの歴史に思いを寄せる。 しかし、この「最高に楽しくなってしまった瞬間」こそが、僕らを狂わせる引き金だった。
「もっと冒険がしたい」一歩を踏み外した、ジャングルの中の狂気

神殿を下り、メインの広場を散策していた時のこと。 周囲にはそれなりに観光客の姿もあり、よく整備された案内板が立っている。だが、そんな「用意された安全なルート」を歩いているうちに、僕らの中にふつふつと邪悪な欲望が湧き上がってきた。
「なあ、なんか普通に歩いて回るだけじゃ、物足りなくない?」
僕が口を開くと、ジャックとソフィーがニヤリと笑った。
「少し外れたところに、まだ発掘されていない『埋もれた神殿』があるって地図に書いてあったわ。そっちに行ってみない?」
ソフィーが古いクシャクシャのマップを指差す。 その時の僕らは、完全に「インディ・ジョーンズ」になりきっていた。マヤの精霊に守られているとでも錯覚していたのだろう。案内板の「これより先、立ち入り禁止」という文字を無視し、僕らは生い茂る草むらを掻き分けて、道なき道へと一歩を踏み出してしまった。
最初の10分は、最高にエキサイティングだった。 ツタを潜り、倒木を飛び越え、自分たちだけの秘密の冒険。足元には野生の生き物の気配があり、頭上ではクモザルがキャッキャと騒いでいる。カラフルな鳥が普通に歩いている。

「おい、あれを見ろよ! 石垣っぽいものがあるぞ!」
ジャックが見つけたのは、完全に苔と植物に覆われた、観光客には見せていない遺跡だった。数千年前の特別な歴史に触れたような気がして、僕たちのテンションは最高潮に達した。

しかし、冒険を楽しんでいたのはそこまでだった。
ふと気づくと、太陽の光がほとんど届かないほどに奥深い密林の中にいた。
「……よし、満足したし、そろそろ観光客がたくさんいる遺跡に戻ろうか」
僕がそう言って振り返った時、血の気がサーッと引いた。
さっき自分たちが歩いてきたはずの「足跡」は、生い茂る緑の中に完全に消えていたのだ。
視界を埋め尽くす「緑の壁」。迫り来るパニックと野生の恐怖
「あれ? こっちから来たっけ?」
「いや、ジャック、お前がさっきそっちのツタを避けたろ?」
「いや、俺は左から歩いてきたはずだ!」
一瞬にして、僕たちの間にピリピリとした緊張が走る。 ジャングルというのは恐ろしい場所だ。360度、どこを向いても全く同じ「緑の壁」にしか見えない。
目印になるような特徴的な岩もなければ、道らしきものも一切ない。上を見上げても、巨大なシダ植物のような葉が空を覆い尽くしていて、太陽がどちらにあるのかすら判別できない。

ソフィーがスマホを取り出すが、当然のように「圏外」。
「落ち着け、パニックになったら終わりだ。とりあえず、さっきの石の山を基準にして、少しずつ動こう」
僕が冷静を装って声をかけるが、心臓は人生で一番激しくドクドクと脈打っていた。カカオセレモニーで感じた「全宇宙への愛」なんてどこへやら、今はただ「野生のジャガーに襲われたら死ぬ」「遭難して干からびたらどうしよう」という、生々しい生存本能の恐怖しかなかった。
さらに悪いことに、ジャングルの奥へ進めば進むほど、不気味な重低音が響き渡り始めた。
「ウォォォォォォォォォォン……!!!」
地鳴りのような、恐ろしく低い獣の声。それは、ジャングルに響き渡るホエザルの鳴き声なのだが、姿が見えない暗闇の中で聞くその声は、まるで古代マヤの怪物が目覚めて僕たちを呪っているかのように聞こえた。
ソフィーの顔から完全に血の気が引き、ジャックも筋肉を強張らせて拾った太い木の枝を握り締めている。
どんどんと飲み水もなくなっていく恐怖。
僕らは完全に迷子だった。歩けば歩くほど、トゲのある植物が服に引っかかる。足元はドロドロの土、一歩進むたびに体力が奪われていく。
「マズい……このまま夕方になったら、本当に生きて帰れないかもしれない」
これまでの修羅場は、なんとか切り抜けてきた。だが、この密林での遭難は、人間の知恵が一切通用しない「本当の深淵」だった。
かすかな音、そして「奇跡の生還」
彷徨い始めてから、どれほどの時間が経っただろうか。 全身汗だく、泥まみれになり、喉はカラカラ。全員が無言になり、ただひたすら絶望の淵を歩いていたその時、僕の耳が、ジャングルの騒音とは明らかに違う「異質な音」を捉えた。
――ガヤガヤ……アハハハ!
「……待って。今、人の声が聞こえなかったか?」
僕が足を止めると、ジャックとソフィーも耳を澄ませた。
「聞こえた!あっちよ!右の方!」
ソフィーが叫ぶ。僕らは最後の力を振り絞り、トゲのある植物を体当たりで掻き分けながら、声のする方向へと猛ダッシュした。ジャガーが出るかもしれない恐怖も、もはやどうでもよかった。とにかく、人間のいる世界に戻りたかった。
バサバサッと最後の茂みを突き抜けた瞬間、目の前の視界がパッと開けた。
そこにあったのは、綺麗に整備された砂利道と、白い帽子をかぶって自撮り棒を持つ、暢気な白人の団体観光客の姿だった。
「……助かった……」
僕らはその場にへたり込んだ。観光客たちは、泥まみれで傷だらけの、野生のゴリラのような姿でジャングルから飛び出してきた僕たちを見て、「何だあいつらは?」とドン引きしている。だが、そんな冷ややかな視線すら、今の僕たちにとっては「人間の世界の温もり」そのものだった。
冒険とコーラが教えてくれた日常の有り難み
命からがら遺跡の入り口にある売店まで戻り、僕らは震える手でキンキンに冷えたコカ・コーラを買い、一気に飲み干した。
砂糖と炭酸が、乾ききった身体の細胞ひとつひとつに染み渡っていく。これまでの人生で飲んだ、どんな高級なお酒よりも美味いコーラだった。
「いやあ……マジで死ぬかと思ったな」
ジャックがハハハと力なく笑い、ソフィーも「もう二度と、立ち入り禁止の看板は無視しないわ」と僕の肩に頭を預けて溜息をついた。
世界を自由気ままに旅していると、自分の限界を試したくなったり、ガイドブックに載っていない「特別な体験」を追い求めたくなったりする。
だけど、大自然のルールを無視した冒険は、一歩間違えれば命を落とす自殺行為でしかない。ティカル遺跡のジャングルは、調子に乗っていた僕たちへ、強烈なストレートパンチを叩き込んで教えてくれたのだ。
「でもさ、あの誰も知らない埋もれた遺跡、ちょっとカッコよかったよな」
コーラを飲み終え、少し体力が回復した僕がそう言うと、二人は「お前、本当に凝りない変態だな!」と大爆笑した。
古代マヤの遺産を巡る旅。ジャングルの恐怖すら笑い話に変えて、また次のカオスな目的地へと向かっていく。


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