「スピリチュアルな癒やしはもう十分だ。次は、中南米のリアルな熱量とヒリつく緊張感を肌で感じたい」
旅人特有のろくでもないアドレナリンが、またしても脳内で爆発していた。ターゲットに定めたのは、お隣の国「エルサルバドル」。
現在の大統領の奮闘により、今は治安が劇的に改善したが、2015年から2018年までは世界屈指のギャング組織「MS-13」が血で血を洗う抗争を繰り広げ、「世界で最も殺人発生率が高い国」として悪名を轟かせていた伝説の国だ。

目的地は、国境を越えてすぐの場所にある第二の都市「サンタアナ(Santa Ana)」。グアテマラからの移動手段は、もちろん観光客用の安全なシャトルバスなんかじゃない。現地の生活感がこれでもかと詰まった路線バス(チキンバス)を乗り継ぐ、弾丸陸路国境越えだ。
泥臭さと緊張感、そして中南米名物のハチャメチャが凝縮された、弾丸紀行をお届けする。
賄賂まみれの国境
爆音のラテンミュージックを鳴らしながら爆走する、通称「チキンバス」で、グアテマラの国境まで行く。
未舗装のガタガタ道だろうが、急カーブの山道だろうが関係ない。対向車線を強引にまくり、映画『ワイルド・スピード』さながらの猛スピードで突っ走る。
スピーカーからは、鼓膜が破れんばかりのラテン音楽が響き渡り、車内はもはや移動式のディスコ状態。手すりに必死でしがみつきながら、「国境に着く前に事故で死ぬんじゃないか」という別のスリルと戦うこと数時間、バスはグアテマラ側の国境の街へと滑り込んだ。

国境に着くと、謎の物売りや、非公式の両替商(大量の札束をパチパチ鳴らしている怪しいおじさんたち)がハイエナのように群がってきた。
グアテマラ側の出国手続きを適当に済ませ、いよいよエルサルバドル側へと進む。両国を隔てているのは、一本の川。そして、そこに架けられた古びたコンクリートの橋だけだった。
「え、これだけ……?」
高いフェンスなんてものは存在しない。川の浅瀬を見下ろすと、普通に歩いて渡れそうなレベルだ。パスポートコントロールを無視して、そこらの草むらから川に飛び込めば、いくらでも密入国できてしまう。あまりのセキュリティのガバガバさに、「密入国余裕じゃん」と心の中で突っ込まずにはいられなかった。

しかし、本当のカオスはエルサルバドル側で待っていた。
橋を渡りきると、カモフラージュ柄の制服を着て、腰にゴツい拳銃を下げた国境警備員が話しかけてきた。
「おい、中国人か?(中南米ではアジア人は大体こう呼ばれる)」
「いや、日本人だ」
「フーン……。日本ね。おい、この国境の橋を渡るのに、20ドルかかる」
絶対嘘である。人生で初めて悪名高い賄賂要求に遭遇した。橋を渡るだけで20ドルもかかるなんて、そんなバカげた嘘に信じてお金を払う事は絶対にしたくなかったので、シンプルに走って逃げた。
入国管理所まで走って逃げて、入国審査官にパスポートを渡したら、すぐにスタンプを押してくれて、陸路国境を突破。変な国境警備員に賄賂を要求されたが、エルサルバドルに入国できた。

サンタアナ市上陸。元・世界最恐ギャングの影と、緊張感漂うカオスの街並み
国境から再びおんぼろのローカルバスに乗り、夕方前、目的地のサンタアナ市へと到着した。
バスから降り立った瞬間、グアテマラのどこか穏やかでスピリチュアルな空気とは、明らかに違う「重い緊張感」を感じた。
街のカオスっぷりは凄まじい。

ゴミで溢れ、道路の真ん中を埋め尽くす露店、果物の腐った匂いと車の排気ガスが混ざり合った異臭、大音量で流れるラテン音楽、そして行き交う人々の、どこか鋭く、周囲を警戒するような目つき。

何より異様なのは、街のセキュリティの過剰さだ。 そこらの大衆食堂や薬局、果ては24時間営業のコンビニの入り口にまで、パンパンに弾薬を詰めたマシンガンを抱えた私服警備員が鋭い目を光らせて立っている。ただの買い物をするだけで、銃口の横をすり抜けなければならない。
近年、エルサルバドル政府は「非常事態宣言」を敷き、数万人規模のギャングたちを一斉に検挙して巨大な監獄へぶち込んだ。そのため、表面上の治安は劇的に良くなったと言われている。
しかし、街の壁のあちこちに残る、かつてギャングたちが縄張りを示していた不気味なグラフィティ(落書き)の跡や、地元の人々が夜になると一斉に家の中へ鍵をかけて引きこもる様子を見ていると、かつての恐怖の記憶が未だにこの街にべっとりと張り付いているのが分かった。

「おい、夜歩くのはやめろよ。表通りでもな」
安宿のオーナーの、笑っていない目がその事実を何よりも物語っていた。
終わりに
翌日、僕はサンタアナの巨大な中央市場へ散歩しに行った。
色鮮やかな民族衣装を着た物売りのおばちゃんたちが「タコス!ププサ(エルサルバドルの伝統料理)!」と叫び、捌きたての肉がそのままフックに吊るされ、ハエが舞っている。観光客向けの土産物屋なんて一軒もない。100%現地民のための、生きるための市場だ。
トウモロコシの生地にチーズを挟んで焼いたエルサルバドルのソウルフード「ププサ」を屋台で注文した。
「美味いか、アミーゴ?」
屋台のおやじが、ニコニコ微笑みながら話しかけてくれた。その笑顔はとても温かい。 だが、そのおやじの背後の壁には、かつてこの地域を支配していたギャング組織「MS13」のマークが、上から白いペンキで雑に消された跡が生々しく残っていた。
この国の人々の暖かさと、すぐ隣り合わせにある暴力の歴史。
この国で、次は、一体どんなスリルが僕を待っているのだろうか。


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