著者:NUKITIMES編集部
取材:泉あき・dkr
画像:革工房あやめ公式SNS掲載画像
相手の求めるものを受け取り使う側と受ける側、双方の声を形にする。前回は「うちにはカラーがない」という言葉からあやめ氏の注文への向き合い方を紹介した。
最終回はその仕事を支える学び方とこれから作りたいものについて聞く。
好評連載「フェチ沼の旅」の泉氏とフリーカメラマンのdkr氏。二人との会話から見えてきたのは感覚だけで理解したことにせず、言葉を通して確かめようとする姿勢だった。
ただし、考え続けることがときには本人を窮屈にもしてきたという。その思いを少し軽くしたのも、人との出会いと交わした言葉だった。

※対話は取材時の発言をもとに、テーマに沿って順序を整理し読みやすく編集しています。
目次
興味はあっても、入れない場所があった
あやめ氏が緊縛に触れる入口となったのはSNSの「mixi」を通じた集まりだった。
当時はSMに関わる場所には酒やたばこがつきものだという印象があったという。興味のある世界でもそこに入るための環境が自分に合うとは限らなかった。
あやめ氏:お酒を選んでからがスタートってなるとやっぱり難しかったなというところなんです。
dkr:お酒が飲めないとかだけでやっぱり二の足を踏んじゃうとかになるんですね。
あやめ氏にとって酒やたばこを前提としない集まりがあったことは大きかった。そこから人と知り合い、イベントに参加する機会も増えていった。
dkr:mixiの時期はすごい良かったですね。
dkr氏も当時のコミュニティを通じて広がった人とのつながりを振り返る。同じ世界に興味を持っていてもそこへ入るときの障壁は人によって違う。
会話の中でその違いが浮かび上がった。
あやめ氏は実践について十分な経験があると語るわけではない。
むしろ、自分にはまだ足りない部分があると繰り返し話していた。その一方で、ものづくりを続けイベントへ出ることが人から話を聞く機会につながってきたという。
そのつながりを振り返る中で、東京の「ゴールデンリターンズ」さんの名前が挙がった。声をかけてもらい直接話を聞きに訪ねたという。
あやめ氏:うちに来いよとお声かけいただいたんで「行きます」って言って行きましたね。直接お話を伺ったことをきっかけに、「毛玉 ※1」へ連れて行っていただき、鞭について学ぶ機会にも恵まれました。さらに、そこから新たなつながりやネットワークも広がっていきました。
※1「毛玉」:東京・六本木にあるSMバー。
話を聞くだけでなくさらに別の人との出会いへもつないでもらった。あやめ氏はそうした交流に支えられてきたことも語っていた。

「できる」と「教えられる」は違う
第1回で触れたボーイスカウトの経験から話題はロープワークへと移った。
あやめ氏:当時やっぱりロープワークは苦手でしたね。
dkr:僕もやっぱりあっちのロープワークの本とかも勉強したりしてましたね。
結び方の形を教わり同じようにやってみる。しかし、うまくできる人の仕上がりとは違う。聞き直しても「こうする」と示されるだけでは、どこが違うのかを理解できないことがあった。
あやめ氏:できる人が教えられる技術を持っているわけではない。これはもう教えるというのも一つの技術なので。
自分ができることを相手も理解できる形で伝える。その間には別の技術が必要になる。
あやめ氏は教わる側としての経験からその違いを考えるようになった。
人の体に関わる緊縛では、見た形を再現するだけでなくなぜそうするのか、どこに注意が必要なのかという説明も重要になる。あやめ氏が求めているのはできあがった形だけを示す教え方ではない。
さらに、別の分野で優れた技術を持つ人から学ぶ場合にもその技術が何を目的としているかを確かめる必要があると話す。
あやめ氏:その業界の人に聞かないとわからない。そこはちゃんと気をつけなきゃいけないよっていうような、ありがたいお話をしてくださる方にたくさん出会いました。
似た道具や動きがあっても目的が違えば、そのまま置き換えられるとは限らない。知識を集めるだけでなくどの場面のための知識なのかを考える。その姿勢も人から教わってきたものだった。

理由がわかると、質問ができる
なぜ、そこに縄を通すのか。何のためにその形にするのか。
あやめ氏はそうした問いについて長く考えてきたという。
取材の中では最近、ようやく自分の考えを言葉にできるようになってきたと話していた。
dkr:その言語化は逆にご自身は今必要だと思うんですか?
あやめ氏:僕自身がその、言葉で明確にしないと理解がすごい難しい人なんだっていうのはあります。ようやく自分で自分のことを説明する時に説明できるようになったので。
「こういうものだから」と示されるより「この目的のために、こうする」と説明されるほうが理解しやすい。理由がわかれば、疑問に思った箇所を具体的に尋ねられる。
あやめ氏:言語化する。で、それを説明する人がいるということはここってどうなんですかっていう質問が具体的にできる。
ただ、すべてを言葉だけで説明してほしいということでもない。
あやめ氏:ここは言語では説明できない感覚の部分なんだよ、まで言ってもらえれば、なるほどと。
言葉にしにくい感覚があるならそのことを教えてもらえればよい。どこまでが説明できることで、どこからが経験を通じてつかむ部分なのか。その区別があるだけでも理解の仕方は変わる。
dkr:僕もやっぱり自分でなぜやるのかっていうのを、自分で自分を説得できなきゃいけないって思ってる方で。なので、その言語化の感覚はすごい分かります。
注文について「こうしてほしい」と伝えてもらい、できることを考える。前回のものづくりの話と同じようにここでも言葉が相手との間をつないでいる。

考えすぎなくてもいい、と言われて
一方で、説明しようとすることが自分を縛ってしまう場合もあった。
あやめ氏:言葉だけで固めてしまうと融通が利かなくなるっていうのもやっぱりあるので。
ものづくりにも、緊縛にも立派な説明をつけることはできる。
しかし、その説明に自分を合わせ続けようとするともともと持っていた欲求や楽しみたい気持ちを表に出しにくくなるという。
あやめ氏:かっこいいことは言おうと思ったらいくらでも言えますね。でも、綺麗な自分をずっと保たなきゃいけないのでエロ事をするのには綺麗な部分を外したりして自分をさらけなきゃいけない。
そんなあやめ氏に親交のある人が「もう少し楽に考えていいよ」と声をかけてくれた。
あやめ氏が紹介したのは「我々がやりたいことはエロ事なのだから、そんなに難しく考えなくてもいい」という趣旨の助言だった。
理由を考えることは自分にとって必要だ。だから立派な理由を用意できなければ楽しんではいけない、ということではない。
dkr:そういうの、ほんとバランスですよね。どっちかだけじゃ成り立たないんで。
あやめ氏:そういう感じでもいいんだってちょっと許された感じにはなりましたよね。後ろからね、押していただいた感じがすごいしたので。
知識を教わるだけでなく考え方を少し緩めてもらう。人とのつながりは、あやめ氏にとってそういう役割も果たしてきた。
次に応えたいのは、日常の注文
dkr氏が今後の目標を尋ねると、あやめ氏は財布や鞄を作れるようになりたいと話した。
あやめ氏:お財布が作れるようになりたいなとか、カバンが作れるようになりたいなというようなものは存在してます。
dkr:技術者としてのスキルアップということですかね?
あやめ氏:意外と日常的なものを求められる方がたびたびいらっしゃるんです。
この目標にも顧客との会話が関わっている。
SMの道具について相談していた人が、気心が知れるにつれ日常的な革製品についても尋ねてくるという。
市販のケースでは学生証が入らない。必要な寸法で作れないか。
あるいは胸元からすっきり取り出せる紙幣だけを入れる財布が欲しい。
特定の道具しか作れなければその相談には応えられない。
だから、技術の幅を広げたい。ここでも相手の要望が次に学ぶ理由になっていた。
dkr:使えないと使わないは大きな違いがありますし、あやめさんのスタイルの場合、技術があって困ることはないですからね。
同時に縄で表現していることの一部を革で実現できないかという構想もある。
ただ固定するだけではない革ならではの表現を探る試みだ。
あやめ氏:縄じゃないと表現できないところでも、この部分に関しては革で表現できるんじゃないか。
dkr:それはもうライフワークレベルで大きいテーマにしてても面白いかもしれないですね。
こちらはまだ課題の残る構想だという。体に合わせた確認や採寸などが必要になり、誰にでも同じものを作れるわけではない。
完成した製品としてではなくこれから取り組みたい仕事として語られた。
取材の終盤、泉氏は場面に応じて言葉遣いや印象が変わるあやめ氏についてこう話した。
泉:見る人によって印象が違うというか、変身が得意なのかな。
あやめ氏は使い分けをしていることは認めつつ、相手に合わせて言葉を選んでいると説明する。その話もまた相手の求める形に応えようとする仕事とどこか重なって聞こえた。
かわいいものに惹かれる人がいる。道具の細かな調整を求める人がいる。日常の小さな不便を相談する人もいる。
それぞれの言葉を聞き、自分にできることを考える。足りなければまた学ぶ。対話を通して見えてきたのは、あやめ氏のそうした仕事の続け方だった。

取材を終えて
泉あき氏
イベント時に、手錠のピアスと首輪風のネックレスを購入したことがあります。そのときなんとなく、あやめ工房さんは女性の方ではないかと思っていました。
なので、当日お会いしてびっくり。
物腰が柔らかくて丁寧で、ひとつひとつ言葉を選んで話されていて、まじめな人柄が伝わってきました。
ご自身の今までの経験がつながって、鞭や拘束具を作られていて、思いつきで行動しているわけじゃないことがわかります。
おサイフをつくるのが目標という、フェチとは関係ないところにありそうな目標ですが、革製品で作れないというものをなくしたいという想いに、あやめさんの真っ直ぐな考えが現れていると感じました。
ものづくりにおいては、いただいた依頼をこなしていく。
「自分の色がないのが色」とおっしゃっていて、私の仕事に対するスタンスと似ているな、とすこし嬉しかったです。
dkr氏
パッと見のかわいらしさ、そのチャーミングな見た目の中にある本質。使い手の「あと少し」に応える繊細さ。作られる道具もあやめさん自身もスタンスがとても似ていて、その繊細さは花のあやめにもまた似てるように感じました。
「色がない」と何度も仰ってましたがすごく大きなテーマと、人間、道具、名前全てに一貫性があって筋の通った人生なのだと襟を正す思いでした。
ご自身もまだまだ技術も体験も求めていて、その濁らない渇きがまた冒険に連れ出してくれるのだと思います。菖蒲の花言葉は「信じるものは救われる」ですしね。
革工房あやめは、革の拘束具や鞭、アクセサリーなどを手がける革工房。かわいらしさと道具としての確かな作りを両立し、日常にもなじむ作品を製作している。
革工房あやめ
公式X:@haruka0848
公式Bluesky:@ayamedou.bsky.social
※製作・販売等の最新情報は、公式Xでご確認ください。


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