メキシコのパレンケで野生の幻覚キノコに脳みそをシェイクされ、お隣グアテマラのヒッピー村でカカオの精霊に心臓のチャクラをこじ開けられた僕。
もはやスピリチュアルの過剰摂取で、魂のデトックスは完了したかのように思えた。カカオセレモニーの翌日、胸の奥に残る謎の宇宙の愛と多幸感に包まれながら、宿のテラスでアティトラン湖を眺め、ぼーっと過ごしていた時のことだ。
「ヘイ、アミーゴ(友達)。今夜の予定は決まってる?」
声をかけてきたのは、昨日一緒にカカオを飲んで狂ったように踊った、ドレッドヘアのドイツ人ヒッピーのヨナスと、全身に幾何学模様のタトゥーが入ったフランス人美女のクロエだった。
「いや、特に。」
「おいおい、冗談だろ? 今夜は満月(フルムーン)だぜ。湖のほとりで、とんでもなくヤバいシークレット・パーティーがあるんだ。一緒に行こうよ!」
彼らの目が、怪しく、そして最高にワクワクした光を放っている。 聞けば、『Wachalal(ワチャラル)』という、現地のサイケデリック・ヒッピー・コミュニティが主催する完全口コミ制のレイブパーティーが開催されるらしい。カカオで愛に目覚めたばかりの僕に拒否権などなかった。
「オッケー、行くよ。場所はどこ?」
「サン・マルコスの村外れのジャングルを抜けた、湖の真横さ。まあ、行けばわかるよ!」
この「行けばわかる」というヒッピーの言葉ほど、信用できないものはない。 その数時間後、僕はグアテマラの容赦ない闇の中で、文字通り命の危機に瀕することになる。
狂気の月夜。漆黒のジャングルと、牙を剥く野犬たちの襲撃
午後10時。満月がアティトラン湖を不気味なほど白く照らす中、僕らは宿を出発した。 村のメインストリートを外れると、街灯なんて上等なものは一本もない。スマホのライトだけが頼りだ。
「ねえヨナス、本当にこっちの道で合ってるの?」 「問題ないさ。音楽の波動を感じる方に進めばいいんだよ」
ヨナスは完全にスピッたセリフを吐きながら、草木が生い茂る未舗装の獣道を突き進んでいく。
しかし、歩けども歩けどもパーティーの音は聞こえてこない。聞こえるのは、風に揺れる木々のざわめきと、犬の鳴き声だけ。完全に迷子だった。
その時、闇の奥から「グルルルゥ……」という、低い地鳴りのような声が聞こえた。
スマホのライトをその方向へ向けると、闇の中にギラリと光る無数の「眼」が浮かび上がった。 中南米を旅している人なら誰もが恐れる、狂犬病の恐怖をまとったガチの野犬の群れだ。
それも一匹や二匹ではない。5〜6匹の大型の野犬が、完全に僕たちを「獲物」としてロックオンし、歯を剥き出しにしている。
「……マズい、走るな! 刺激するな!」
僕が叫ぶのと同時に、ボス格の一匹が「ワン!ワン!」と激しく吠え立て、こちらに向かって突っ込んできた。
「ウワアアアアア!」
スピリチュアルだのチャクラだの、一瞬で吹き飛んだ。
ヨナスは拾った太い枝をブンブン振り回し、クロエは悲鳴を上げながら石を投げつける。僕は叫びながら、バックパックを盾にしながら、死に物狂いで応戦した。
野犬に噛まれたら、ここでは死を意味する。この村には病院がないし、噛まれてから24時間以内に適切な治療をしないと、ほぼ100%狂犬病を発症して死ぬ。
生きるか、死ぬか、とてもパーティーどころではなかった。
暗闇の中、足元はぬかるみ、木の根に足を引っ掛けながらも、必死でスマホのライトを犬の目に照射して威嚇する。
アドレナリンが限界まで分泌され、心臓が爆発しそうになったその時、遠くから「ドス、ドス、ドス…」という地を這うような重低音が風に乗って聞こえてきた。
「あっちだ! 湖の方へ走れ!」
野犬の追撃を間一髪でかわし、泥まみれになりながら斜面を駆け下りると、突如として視界が開けた。
湖畔に現れた異界。聖と邪の「満月レイブ」

そこは、アティトラン湖のすぐ真横に位置する、信じられないほど開放的な秘密のロケーションだった。
巨大なスピーカーから流れるのは、脳の芯を揺さぶるサイケデリックトランス。
会場内には、ネオンカラーのデコレーションが施され、満月の光がクリスタルのような湖面に反射して、まるであの世とこの世の境界線に迷い込んだかのような錯覚を覚える。
何より異質だったのは、パーティーの中盤で行われた「謎の儀式」だ。

フロアのど真ん中に巨大な蝋燭が並べられ、儀式感満載。参加した何百人ものヒッピーたちが、一人一本、蝋燭(キャンドル)を手に持ち、火を囲んでブツブツと呪文のようなものを唱え始めたのだ。
さっきまで狂ったようにレイブ音楽で踊っていた人たちが、急に厳かな顔つきになり、炎を見つめて瞑想している。まさに聖と邪、神聖さと狂気が高い次元で融合した、異色すぎる空間だった。

「すごいな、ここは……」
野犬に襲われた恐怖も忘れ、僕はその圧倒的な世界観に飲み込まれていた。
そして、合図と共に一斉に、持っていた蝋燭を中央に並べられている蝋燭に火を灯していく。次第に大きな炎となり、その周りを踊る人たち。

しかし、このパーティーの「真の深淵」は、こんなものではなかった。
開放的な闇の先。湖畔の乱交地帯と、不穏な「ふたりの男」
儀式が終わり、再び激しい重低音が鳴り響くと、会場の雰囲気は一気に激しいパーティー会場へと変貌していった。
火の粉が舞うフロアを離れ、少し涼もうと湖のすぐ際まで歩いていく。 会場内はライトが極端に少なく、満月の光以外はほぼ真っ暗だ。
目を凝らして周囲を見ると、茂みの影から奇妙な「喘ぎ声」や「物音」が聞こえてくることに気づいた。
「え……?」
よく見ると、暗闇の中で、服を脱ぎ捨てた複数の男女(あるいは男男、女女)が、折り重なるようにして激しく乱交しているではないか。
一人や二人ではない。あっちの岩陰でも、こっちの草むらでも、解放感と薬物、そして満月のエネルギーに当てられたヒッピーたちが、本能のままに交わっている。
「さすが聖地サン・マルコス村、モラルが宇宙の彼方に飛んでるな……」
あまりの光景にドン引きしつつも、好奇心で眺めていると、背後からスッと二人の男が近づいてきた。
一人は、長い髪を後ろで結んだラテン系のマッチョ。もう一人は、タトゥーだらけの白人男性。二人とも上半身は裸で、目が完全に薬物でキまりまくっている。
「ヘイ、一人で何見てるんだい?」
ラテン系の男が、僕の肩に馴れ馴れしく手を回してきた。もう一人の白人男も、僕の顔を至近距離で覗き込み、怪しい笑みを浮かべている。
「いや、ちょっと風に当たろうと思ってね」
「ふーん……。ねえ、あそこで俺たちと一緒に『エッチなこと』しない? 君、すごくキュートだからさ」
白人男の手が、僕の腰から、じわじわと太ももの方へと伸びてくる。 「一緒にヤらないか?」という、直球ど真ん中の、男二人からの3Pの誘い。
一瞬、脳内がフリーズした。カカオで「全人類への愛」には目覚めたが、流石にメンズ二人に挟まれて湖畔で愛を育む趣味は、僕にはない。
「気持ちは嬉しいけど、僕は男の人には興味ないんだ。ごめん!」
僕は引き攣った笑顔で男の手をはねのけ、パーティー会場の真ん中へと逃げていった。
僕は男にモテる。

安全なフロアの光の中に飛び込み、激しいトランス音楽に身を委ねながら、僕はふと、強烈な既視感(デジャブ)に襲われていた。
「待てよ……この展開、前にもあったな」
僕の脳裏に蘇ったのは、グアテマラに来る前、メキシコのオアハカ州にある有名なヌーディストビーチ、「ジポリテ(Zipolite)」での苦い、いや、今となっては爆笑ものの思い出だ。
ジポリテは、世界中から服を着るのが嫌いな人々が集まる、これまた濃厚なビーチなのだが、そこで僕は屈強な全裸の男2人に、ド直球で3Pに誘われた。
「君の目が綺麗だ」だの「キュートなアジア人男性とヤりたい」だのと甘い言葉で誘われ、強引に僕の股間を触ってきて、あの時は結構危なかった。
「メキシコでは全裸の男2人に襲われかけ、グアテマラでは二人の男にまた誘われる。僕の中南米旅、男運(?)が良すぎるだろ……」
トランスの重低音が響く中、僕は一人で声を上げて笑ってしまった。
世界を放浪していると、自分の常識や境界線がどんどん壊されていく。
野犬に追いかけられて死にかけ、死に物狂いでたどり着いたパーティーで男にナンパされる。このカオスこそが、旅の醍醐味だ。
結局、朝の5時まで踊り明かし、昇ってきた朝日に照らされるアティトラン湖は、昨夜の狂気が嘘のように静かで、神々しいほど美しかった。
泥と汗、そして男たちの熱い視線を浴びたグアテマラの満月。
僕の旅は、ますます予測不能な深淵へと突き進んでいくようだ。次はどんな変態(褒め言葉)たちが、僕の常識を破壊してくれるのだろうか。

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